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松山地方裁判所 昭和37年(ヨ)105号 判決 1962年12月24日

申請人 大谷義夫

被申請人 銀座タクシー株式会社

主文

本件申請を却下する。

訴訟費用は申請人の負担とする。

事実

申請人代理人は、「申請人が被申請人の従業員たる地位を有することをかりに定める。被申請人は申請人に対し昭和三七年三月一三日以降本案判決が確定するまで毎月二八日限り一カ月につき金一七、二八一円の割合による金員をかりに支払え、訴訟費用は被申請人の負担とする。」との判決を求め、申請の理由として、

一、(1) 被申請人会社(以下単に会社と略称することもある)はタクシー業を営む株式会社であり、申請人は昭和三五年四月二日被申請人会社に期間の定めなく雇傭され、タクシー運転手の業務に従事し毎月二八日に金一七、二八一円の賃金(但し後記解雇前三カ月間の平均賃金)を得ていたものである。

(2) なお申請人は昭和三六年一一月二〇日被申請人会社等愛媛県下の一部タクシー業者の従業員によつて結成された愛媛県自動車交通労働組合(以下単に県自交労組或は組合と略称することがある)に加入し、結成当初より引き続き同組合松山支部副支部長の地位にあつたものである。

二、しかるところ、被申請人会社は昭和三七年二月一二日申請人に対し懲戒規定第三条第五号、第七号に該当する懲戒解雇事由があるとして同年三月一三日限り申請人を解雇する旨の解雇予告をなし、右意思表示は同日申請人に到達した。

三、しかしながら右懲戒解雇は次の理由により無効である。

(一)  本件解雇は、労働協約中の解雇協議約款に違反し、組合との協議を経ずになされたものであるから無効である。

(1)(イ)  即ち昭和三五年九月頃松山地区における被申請人会社外九社の一部従業員によつて旧松山地区タクシー合同労働組合が結成されていたところ、昭和三六年一〇月一日同組合と被申請人会社外九社との間で労働協約が締結され、その第二九条には「会社は組合員を懲戒する場合は別途協定の懲戒規定によつて行う」旨定められ、右規定に基き同組合と被申請人会社等は協議の上懲戒規定を定め、これには、「会社は組合員が左の各号の一に該当する時は組合と協議して懲戒する」旨の規定、及び懲戒の種類、懲戒事由、懲罰委員会の設置、構成、運営方法等について別紙記載の如き定めがなされていた。

(ロ) しかして右旧松山地区タクシー合同労働組合は、その後愛媛県下の他のタクシー関係の労働組合と合同して昭和三六年一一月二〇日前記愛媛県自動車交通労働組合が結成されたが、同組合結成後も同組合と被申請人会社等関係各社との協定により前記労働協約を同組合と右各社間の労働協約とする旨確認されていたものである。

(2)  ところで前記懲戒規定において単に懲戒につき組合と協議すべき旨規定するに止まらず、更に労使双方をもつて構成する懲罰委員会を設置する旨規定した趣旨は、労使対等の場で組合員に懲戒事由が存するか否かを判断し、若し懲戒事由の存する場合には如何なる懲戒に付するのが適当であるかを検討し、もつて組合員を組合を通じて使用者の一方的不公正な懲戒権の行使から保護し、企業内に適正な懲戒権の行使をなさしめんとするものであるから、右規定に違反し、懲罰委員会における審議を尽さずになされた解雇が無効であることは明らかである。

(3)  しかして本件懲戒解雇についての懲罰委員会の運営は次のとおりである。

(イ) 会社は昭和三七年一月二四日組合に対し同月二六日申請人の懲戒問題につき懲罰委員会の開催方を申入れてきたが、組合委員長野中隆志が同月二一日から病気入院中のため、組合の運営が混乱していたので、会社の右申入に応ずることができなかつた。組合では同月三〇日執行委員会を開き、徳島保を委員長代行に選任し、同人外二名を懲罰委員に選任した。会社はその後同月三一日組合に対し同年二月二日に委員会の開催方を申入れてきたので組合もこれを承諾し、同日第一回の懲罰委員会が開催された。

(ロ) 右委員会においては、会社側は「解雇理由は不動のものであり、申請人を解雇する。とにかく解雇が前提である。組合は申請人の解雇を承諾せよ」と主張するのみで、組合と協議して事案の真相を究明し、適正な解決を図ろうとする誠意も見せなかつた。しかし組合は会社側の主張に対する申請人の弁解を聴き、事実の真相を把握する必要があつたので懲罰委員会の続行を求め、会社もこれに応じて閉会された。

(ハ) その頃組合と組合員のいる被申請人会社外二三社との間で賃金値上問題をめぐつて紛争があり、組合は同年一月一六日使用者側に対し賃上の要求書を提出したが、使用者側の回答との差が大であつたため、同年二月八日、九日の両日団体交渉が行われたが決裂し、組合は翌一〇日からストライキに入り同月二四日まで続行された。この間会社側は右八日、九日の団体交渉の最中に申請人に関する懲罰委員会の開催方を申入れてきたが、上記の如く組合員全般の賃上問題について交渉が紛糾している最中であつたため、組合はひとり被申請人会社のみに関する懲戒問題につき時間をさく余猶がなく、会社の右申入に応ずることができなかつた。

(ニ) なおその頃三津浜タクシー株式会社において、組合員たる従業員につき懲戒問題が生じ、同年二月七日組合側が同社と交渉したことがあるが、この件は本人が当初から退職の意思を表明していたので懲罰委員会に付することなく任意退職の形式で処理したものであるから、このことは被申請人主張の如く、組合側に本件につき懲罰委員会に応ずる余猶があつたことを示すものではなく、むしろ賃上闘争中にかかる懲戒問題が頻発したことが、一層組合を多忙にし、本件を処理する余猶をなからしめたものである。

(ホ) しかるに会社は前記の如く懲罰委員会における審議は継続中であつて未だ何等の結論もでていないにも拘らず、同年二月一二日突然申請人に対し前記解雇予告をなし、組合が右予告の撤回と、懲罰委員会の開催を要求したのに、会社は右予告を撤回する意思がないことを表明した。しかして解雇予告は期間を付してなされる解雇の意思表示であつて、予告期間の経過によつて当然に解雇の効力が生ずるものであるから、解雇に手続違背があるか否かは解雇予告の時点において判断すべきものであり、そうすると本件解雇は労働協約所定の懲罰委員会における審議を尽さずになされたものとして無効であることは明らかである。

(ヘ) なお組合は同年三月七日更に会社に対し懲罰委員会の開催を求め、同月一一日第二回懲罰委員会が開催されたが、右委員会において組合側が解雇予告の撤回と会社側主張の懲戒事由中争のある部分について会社側に立証を求めたのにも拘らず、会社側は解雇予告の撤回をせず、解雇を前提とするなら協議に応ずる旨を表明し、争いある懲戒事由についても何等立証しようとしなかつた。結局会社側は懲罰委員会を無視したものというべく、その後同委員会は開かれていない。

(二)  本件解雇は労働協約第二〇条第五項に違反し無効である。

即ち前記労働協約第二〇条には「会社と組合は争議行為中次の事項を遵守しなければならない。」旨規定され、その第五項において「会社は組合の争議行為に対し不当な妨害行為や組合の団結権を侵害するような行為を行つてはならない。」旨定められている。

しかるに会社は、組合が前記のとおり同年二月一〇日からストライキに突入するや、同月一二日ストライキが継続中であるにも拘らず、組合の松山支部副支部長の地位にある申請人に対し解雇予告をしたのであつて、これは組合の幹部である申請人を解雇することによつて組合員に動揺を生ぜしめることを狙つたものであるから、労働協約中の前記条項に違反することは明らかであり、従つて本件解雇は無効である。

(三)  本件解雇は前記懲戒規定所定の解雇理由が存しないのになされたものであるから無効である。

(1)  被申請人会社主張の本件解雇の理由は、申請人は、

(イ) 昭和三六年一二月二日午後九時四五分頃松山市内本町から同湊町市駅前まで客を運送するにあたり、メーター器を使用せずに右乗客から右区間の乗車料金一〇〇円を受領し、これを会社に報告せずに着服した。

(ロ) 昭和三七年一月一二日午前零時三〇分頃乗客が車内に置忘れた寿司二折を密かに食べた。

(ハ) 同月一六日午後九時一〇分頃同市内朝美町から同古町駅まで客を運送するにあたりメーター器を使用せずに右乗客から右区間の乗車料金一〇〇円を受領し、これを会社に報告せずに着服した。

(ニ) 同月一七日午後九時一〇分頃同市内出淵町新花園町から同新玉町宇和島自動車前まで客を運送するにあたりメーター器を使用せずに右乗客から右区間の乗車料金一〇〇円を受領し、これを会社に報告せずに着服した。

(ホ) 前同日同時刻頃同市内出淵町新花園飲食店丸木から回送料金一〇〇円を受領しながら、これを会社に報告せずに着服した。

というのであり、右各所為は、前記懲戒規定第三条第五号の「故意に会社に損害を与えた者」及び第七号前段の「業務に関し不正不当の金品その他を授受した者」の各懲戒解雇事由に該当するというのである。

(2)  しかしながら右解雇理由とされている事実はいずれも存在しないか乃至は有効な解雇理由となり得ないものである。

(イ) まず右(イ)の件については、申請人が右日時にメーター器を使用せずに客を運送し、料金一〇〇円を受領した事実はあるが、これは申請人が当日午前八時から勤務を始めて約一四時間を経過し、当時極度に疲労した状態にあつたため、うつかりメーターを倒すことを忘れたまま運転し、目的地に着いたとき始めてそのことに気がついたので、乗客にその旨を告げたところ、乗客が右区間の料金は通常一〇〇円だというので一〇〇円を受取つたもので、右運行については自動車に設備してある無線によつて会社に報告しており、且つ右料金も同日会社へ納入している。

(ロ) 右(ロ)の件については、その事実はあるが、これは申請人が当日勤務を終えて帰社し、車を掃除した際、車内に寿司折が置忘れてあるのを発見したが、誰が置忘れたものか不明であつたので、客が取りに来るまで置いていては腐敗すると思い、当日の夜勤者四名と相談の上若し客が取りに来た場合は事情を説明し金で返済することにして右四名で分けて食べたものであり、なお翌日乗客から連絡があつたので、申請人は同人宅へ伺い話をつけている。

(ハ) 右(ハ)の件については、申請人が右日時にメーター器を使用せずに客を運送し、料金一〇〇円を受領した事実はあるが、これは当日会社の鎌田専務を同市朝美町の自宅まで車で送り、引き返そうとした際一人の客が申請人を呼び止め、下車した鎌田専務のことについて話掛け、古町駅まで行くよう指示したので、申請人は同人が専務の親戚であると思い、且又古町駅は帰途でもあるのでサービスして置けと考え、メーターを倒さずに古町駅まで同人を乗せたところ、同人が一〇〇円を差し出したので、メーターを倒していないことを告げてその受領を拒んだが、なお執拗にすすめられたのでこれを受領したものである。申請人はそれから古町駅、傘屋町間を空車のままメーターを倒して走つてメーターの指数を調整した上同日右料金を会社へ納入している。

(ニ) 右(ニ)の件については、そのような事実は全くない。

(ホ) 右(ホ)の件についても、そのような事実はないが、かりにあつたとしても本来回送料金は運転手に対するチップのようなものであるから、かかる点について会社がとやかくいう筋合のものではないのである。

(四)  本件解雇は不当労働行為であるから無効である。

即ち申請人は昭和三五年九月末被申請人会社従業員六名と共に前記旧松山地区タクシー合同労働組合の結成に参加し、右結成当初より同組合の執行委員を勤め、昭和三六年一一月二〇日愛媛県自動車交通労働組合の結成後は前記のとおり引き続き同組合松山支部副支部長の職にあつた。本件解雇は申請人の組合活動を嫌つてなされたものであり、また組合の団結力を弱める意図のもとになされたものであるから、労働組合法第七条第一号、第三号に該当し、不当労働行為として無効である。

なお会社が労働組合に干渉し、また申請人の組合活動を嫌つていたことは次の事実からも明らかである。

(1)  会社は昭和三五年に従業員の一部が労働組合を結成するや、組合員に対し一人当り一〇万円やるから退社しろと迫つて全員を退社させ、組合を壊滅させた事実がある。

(2)  申請人が中心になつて組合を結成するや、会社はことごとに申請人に嫌味をいい、また配車についても差別的な取扱を行つていた。

(3)  本件解雇についても、組合が昭和三七年一月一六日会社に対し賃上の要求書を提出するや、その三日後の同月一九日会社社長高井慎吾は申請人に対し依願退職を迫つた。

(4)  また前記の如く、第一回の懲罰委員会が同年二月二日に開催されたばかりで、その後組合との間で賃上問題について紛糾しており、両者に懲罰問題を協調する余猶がないにも拘らず、組合がストライキに突入するや、その二日後に申請人に対し解雇予告をしたことは、会社側においてできるだけ早く申請人を会社から排除して、組合の団結を弱め、賃上交渉等を自己に有利に導かんとする意図のもとになされたこと明白である。

四、以上のとおり本件懲戒解雇は無効であるから、申請人は依然として被申請人会社の従業員としての地位を有し、且つ賃金請求権を有するわけであるが、会社は昭和三七年三月一三日以降申請人が解雇されたものとして右賃金を支払つていない。会社は同年五月一一日申請人に対し当庁昭和三七年(ワ)第一七三号雇傭契約不存在確認等請求事件を提起しており、賃金支払の点については申請人において反訴の提起を準備中であるが、申請人は会社から受取る賃金以外に収入の道なく、既に借財をかさね家庭生活を維持することも困難になつているので、本案判決の確定をまつていては申請人において回復し難い損害を蒙ることは明らかである。

よつて本件申請に及ぶ。

と述べた。(疎明省略)

被申請人代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、

一、申請人主張の一の事実中申請人の組合における地位は不知、その余は認める。

二、(1) 申請人主張の二の事実中、被申請人が昭和三七年二月一二日申請人に対し同年三月一三日限り申請人を解雇する旨の解雇予告をし、右意思表示が同日申請人に到達したことは認めるが、その余は争う。

(2) 本件解雇は申請人の責に帰すべき事由を理由とするものであるが、労働基準法第二〇条第一項の予告期間を付して普通解雇としてなしたものである。

三、(1) 申請人主張の三の(一)の事実中、被申請人会社外九社と旧松山地区タクシー合同労働組合との間で申請人主張の日にその主張の如き労働協約が締結され、右協約に基きその主張の如き懲戒規定が定められていたこと、及び本件解雇問題につき被申請人会社が愛媛県自動車交通労働組合に対し申請人主張の日時に懲罰委員会の開催方を申入れ、その主張の時期に二回に亘り右委員会が開催されたことは認めるがその余は争う。

(2) なお愛媛県自動車交通労働組合と、被申請人会社外関係各社との間で、右各社と旧松山地区タクシー合同労働組合が締結していた前記労働協約を県自交労組との労働協約とする旨の協定書が作成されているが、右協定書には被申請人会社等各社の代表者の署名も記名押印もなく、唯使用者代表として岩佐賢次郎の署名がなされているに過ぎないから、右協定書は労働組合法第一四条の要件を具備せず労働協約としての効力を有しない。従つて被申請人会社等と県自交労組との間には労働協約が存しないわけであるから、本件解雇が労働協約中の解雇協議約款に違反する旨の主張は失当である。

(3) かりに本件解雇が懲戒解雇であり、且つ、被申請人会社と県自交労組との間で申請人主張の如く前記労働協約及びこれに基く懲戒規定が効力を有するものとしても、会社は本件解雇をなすに当り次のとおり懲戒規定に基く協議を行つている。

(イ)  即ち、会社は申請人の後記非行を昭和三七年一月一九日発見し、同月二四日組合に対し同月二六日午後二時より会社営業所において懲罰委員会を開催する旨及び委員三名の選出方を申出たが、組合委員長が病気のため延期し、改めて期日を同月二九日午後二時と指定したが、組合側より委員未定との理由で再度延期方の申入があつたので、延期し、期日を同年二月二日と指定した。

(ロ)  同日第一回懲罰委員会が開かれ、会社側より懲戒を求める理由を説明し、組合側の同意を求めたが、組合側の委員は何等の意見も述べず近い内に第二回の委員会を開くからと云つて退席し、且つ退席に際し会社側委員に対し脅迫めいた言辞を弄した。

(ハ)  会社側は同年二月八日と九日に組合と賃上問題につき団体交渉を行うにあたり、組合に対し懲罰委員会が延々になつているから団体交渉が済んだら委員会を開くよう申入れ、右団体交渉はいずれも午後五時半に終了したが、組合は右申入に対し誠意ある回答をしなかつた。

(ニ)  会社は右の如く組合に協議を行う誠意がないので、同月一二日、申請人に対し前記解雇予告をし、なお組合に対し懲罰委員会を開催する意思があるなら何時でも応ずる旨申出でたが、組合側からは何等の回答もなかつた。

(ホ)  会社は同年二月二〇日組合に対し翌二一日に協議する用意がある旨並に反証があるなら用意するよう、会社としてはできる限り申請人の将来のため円満に解決する意思がある旨を通知したが、組合側から延期の申出でがあつたため、委員会を開催することができなかつた。

(ヘ)  しかして同年三月八日組合より同月一一日に懲罰委員会を開催したい旨の申入があり、同日これを開催した。右委員会において会社側は申請人の出席を求めて懲戒原因たる事実を説明したが、組合側はこれを否定するのみで反証を提出しなかつた。

(ト)  会社側は已むなく解雇の効力発生前に懲戒規定第四条第二項により団体交渉の形式で組合と協議するよう申出たが、組合はこれを拒否した。

(チ)  なお申請人は、当時組合は組合員の賃上問題について使用者との交渉が紛糾していたので、被申請人会社の解雇問題を討議する余猶がなかつた旨主張するが、当時三津浜タクシー株式会社においても運転手二名に対する本件同様の懲戒問題があり、この件については、組合は懲罰委員会の開催に応じ、同年二月七日行われた委員会において、右両名を任意退職せしめることに同意しているのであるから、当時組合に本件解雇問題につき懲罰委員会を開く余猶がなかつたとはいえない。

以上要するに本件解雇をするについては会社は組合との協議を二度も行い、更にその機会は三度も与えたのに組合が漫然之に応じなかつたのであるから協議を尽したものというべきである。

四、申請人主張の三の(二)の事実は争う。

本件解雇問題は組合のストライキ以前より起り、且つ早急に解決することを要する問題であつたからで、もとより組合の動揺を狙つたものではない。

五、申請人主張の三の(三)の事実中(1)の事実、即ち本件解雇の理由が(イ)乃至(ホ)の各事実であつたことは認めるが、その余は争う。

なお仮りに本件解雇が懲戒解雇であるとしても、右(イ)乃至(ホ)の各事実は懲戒規定第三条所定の懲戒解雇事由中第五号、及び第七号前段に該当するものである。

六、申請人主張の三の(四)の事実中、申請人の組合歴は不知その余の事実は否認する。

七、申請人主張の四の事実中、被申請人が申請人に対しその主張の日から賃金を支払つていないこと、及び申請人に対しその主張の如き訴を提起していることは認めるが、その余は争う。

被申請人は本件解雇後社会党の自動車を運転していた事実もあり、特に本件解雇後五ケ月も経過して始めて本件申請をなしたことは、申請人が既に他から相当の収入を得ていることを窺わしめるものであつて、本件仮処分申請はその必要性を欠くものである。

よつて本件申請の却下を求める。

と述べた。(疎明省略)

理由

一、被申請人がタクシー業を営む株式会社であり、申請人は昭和三五年四月二日被申請人会社に期間の定めなく雇傭され、タクシー運転手の業務に従事していたこと、被申請人会社が昭和三七年二月一二日申請人に対し同年三月一三日限り申請人を解雇する旨の解雇予告をしたこと及び申請人が昭和三六年一一月二〇日被申請人会社等愛媛県下の一部タクシー業者の従業員によつて結成された愛媛県自動車交通労働組合に加入していたことは当事者間に争いがない。

二、しかして被申請人会社が申請人に対してなした右解雇予告は期間(予告期間)を付した解雇の意思表示に外ならず、右予告期間の満了によつて当然解雇の効力が発生するものと解せられるところ、申請人は、本件解雇は懲戒解雇であると主張し、被申請人は普通解雇である旨主張するので、まず本件解雇の性質について考察するに、本件解雇が予告期間を付してなされていることは上記のとおりであり、また成立に争いがない乙第六号証によれば、本件解雇の予告通知書には単に申請人の責に帰すべき事由により解雇する旨記載されているに過ぎないことが認められるけれども、本件解雇が申請人の乗車料金着服行為等信義則違反の行為を理由としてなされ、且つ懲罰委員会を開催する等一応懲戒の手続をとつてなされていることは右手続に瑕疵があるか否かの点は別として当事者間に争いがないところであつて、右事実及び弁論の全趣旨に徴すると、本件解雇は懲戒解雇としてなされたものとみるのが相当であり、被申請人会社代表者高井慎吾の供述中本件解雇が通常解雇であるかの如き供述部分はにわかに採用し難い。

三、そこで、被申請人会社等と、前記愛媛県自動車交通労働組合との間における申請人主張の労働協約及び懲戒規定の存否及びその効力についてまず考察する。

(一)  松山地区における被申請人会社外九社のタクシー業者と、右各社の従業員によつて組織された旧松山地区タクシー合同労働組合との間で昭和三六年一〇月一日労働協約が締結され、右協約第二九条には「会社は組合員を懲戒する場合は別途協定の懲戒規定によつて行う。」旨定められていたこと及び右条項に基き被申請人会社等と右組合との間で協議の上別紙記載のような懲戒規定が定められていたことは当事者間に争いがない。そして右懲戒規定の性質はその制定の根拠とその手続に徴し、基本たる労働協約の一部を構成していたものと解するのが相当である。

(二)  しかして成立に争いがない甲第六号証、同第一九号証の一、同第二一号証、証人中川成功、同徳島保の各証言及び被申請人会社代表者高井慎吾の供述に弁論の全趣旨を綜合すれば、前記旧松山地区タクシー合同労働組合は昭和三六年一一月二〇日頃既存の第一タクシー株式会社労働組合、新居浜地区タクシー合同労働組合等愛媛県下の一部タクシー関係の労働組合と合体して単一組織の合同労組である前記愛媛県自動車交通労働組合が結成されたこと(但し、その際とられた手続等の詳細は必ずしも明らかでない)、右結成後間もなく同組合と被申請人会社外二三社の関係タクシー業者との間で年末一時金の支給及び労働協約の締結等に関する団体交渉がなされ、使用者側は、被申請人会社外関係各社から右交渉並に協約締結等の権限を付与されていた松山タクシー株式会社代表取締役岩佐賢次郎において使用者側を代表して組合と交渉し、同年一二月一一日頃労働協約については右組合の結成前にその前身である前記松山地区タクシー合同労働組合、第一タクシー株式会社労働組合等が関係タクシー業者との間で各別に締結していた各労働協約をそのまま県自交労組と従前の関係各社間の労働協約とする旨の協定に達し、同日労使間において前掲甲第一九号証の一の協定書が作成されたことが一応認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  しかるところ被申請人は、右協定書には使用者側である被申請人会社等関係各社の代表者の署名も記名押印もなく、唯前記岩佐賢次郎の署名がなされているに過ぎないから右協定は労働組合法第一四条所定の要件を具備しない無効のものであり、従つて被申請人会社と県自交労組との間には労働協約は存しない旨主張する。

しかしながら労働組合法第一四条所定の当事者の署名又は記名捺印の方法は、前記の如く使用者側が代表者を選びこれに労働協約締結等の権限を付与した場合においては、少くともその者において使用者側の代表である旨を明示して協約書に署名又は記名押印をすれば足り、必らずしも各使用者(会社にあつてはその代表者)の署名又は記名押印を要しないものと解するのを相当とし、前掲甲第一九号証の一によれば前記協定書には、使用者側は被申請人会社等関係各社の社名を列記し、その末尾に「右代表」と代表資格を明示して前記岩佐賢次郎の署名及び捺印がなされており、一方組合側も同組合執行委員長野中隆志の署名捺印のなされていることが認められるので、右協定書に当事者の署名、記名押印を欠く旨の被申請人の主張は採用できない。

(四)  なお前掲甲第一九号証の一によれば、右協定書には単に「昭和三六年一二月一〇日現在締結している労働協約を愛媛県自動車交通労働組合と各社との協定とする。」旨記載されているに止まり、協約条項そのものは記載されていないけれども、右は従前存した前記各労働協約書の記載を引用する趣旨であると解せられ、且つ労働協約書においても他の書面の記載を引用することは妨げないものと解するのが相当であるから、前記協定は一応労働組合法第一四条所定の形式的要件を具備し、労働協約としての効力を有するものとみるべきである。

(五)  そうすると、被申請人会社外九社と県自交労組との間には右協定によつて右各社が従前旧松山地区タクシー合同労働組合との間で締結していた前記労働協約及びその一部である懲戒規定と同一内容の労働協約が成立したものというべきである。

四、そこで申請人の解雇無効の主張について順次判断する。

(一)  本件解雇が懲戒規定所定の解雇理由がないのになされたものであるから無効であるとの主張について。

(1)  まず被申請人主張の解雇事由の存否及び懲戒規定への該当性の有無について考察する。

(イ) 昭和三六年一二月二日の乗車料金着服の件について。

(a) 申請人が同日午後九時四五分頃松山市本町から同湊町市駅前まで客を運送するに当り、メーター器を使用せずに同乗客から右区間の乗車料金一〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

しかして申請人本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一によれば、申請人の作成せる当日の運転日報にも右乗客の運送の点について何等の記載もないことが認められるところ、被申請人会社代表者高井慎吾の供述によれば、被申請人会社においては、運転手は客を運送した都度運転日報にその時間、コース、人数及び料金を記入し、最終入庫時にこれを会社へ提出し、会社は右日報記載の料金額の合計と、出庫時と入庫時における当該自動車のメーター器の指数の差によつて推計される当日の料金額とを照合した上、運転手から右日報記載の料金額の合計に見合う金員を当日の料金として受取る仕組になつていることが疎明されるので、上記の如く、申請人においてメーター器を使用せずに運転して乗客から料金を受領したことが確認され、且つ右乗車について運転日報にも記載されていない以上、反証がない限り右料金は会社に納入されることなく申請人において着服したものと推認するのが相当である。そして申請人本人の供述中、右料金はその後メーターを調整し、運転日報の記載を操作して、会社へ収めた旨の供述部分は未だにわかに措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(b) しかして右乗車料金着服行為が被申請人主張の如く前記懲戒規定第三条所定の懲戒解雇事由中第五号の「故意に会社に損害を与えた者」に該当することは明らかである。

(ロ) 申請人が昭和三七年一月一二日午前零時三〇分頃乗客が車内に置き忘れた寿司二折を食べた件について。

(a) 右事実は当事者間に争いがない。

しかして、証人一色篠子の証言及び被申請人会社代表者高井慎吾の供述によれば、右寿司折は当日午前零時過頃松山市北夷子町飲食店大連こと一色篠子方から申請人の運転する車に乗車した客が置忘れたもので、当日の朝右一色を介して右乗客から会社へ連絡があり、会社において調査した結果申請人等が会社に無断で処分したことが判明したので会社社長高井慎吾が右一色方へ謝罪に行き、タオル一〇本等を相手方に渡して一応許して貰つたが、右事故のため従来会社の得意先であつた右飲食店は以後会社の車を利用しなくなり、ために会社は営業上も少なからざる損害を蒙つたことが疎明され、右認定に反する申請人本人の供述は措信し難い。しかしながら申請人本人の供述によれば、申請人は当日早朝車庫で洗車した際始めて車内に寿司折があるのを発見したが、前記大連飲食店の客の外にも数回客を乗せていたため何人が忘れたものか分らず、且つ又品物の性質上保管しておいても痛むかも知れないと考え、当日夜勤をしていた運転手数名と相談の上若し客から連絡があつたら事情を話して金で弁償すればよいであろうとの単純な考えの下に会社の信用に及ぼす影響等について考え及ばず、皆で分けて食べたこと、及び翌朝出勤した際前記の如く大連飲食店から会社へ連絡があつたことを知り直ちに同飲食店へ行き弁償しようとしたが、既に社長から弁償を受けているとのことで謝罪のみして帰つたことが一応認められるので、申請人の右所為が軽率であり且つ又従業員としての職務上の義務にも違反するものであることは明らかであるが、しかし申請人において当時自己の行為が会社に上記の如き損害を惹起することを認識、認容していたものとは認め難い。

(b) 従つて申請人の右所為を以つて前記懲戒規定第三条第五号の「故意に損害を与えた者」に該当する旨の被申請人の主張は採用し難くまた被申請人主張の同条第七号前段の「業務に関し不正、不当の金品その他を接受した者」にも該当しないことは明らかである。

(ハ) 同年一月一六日の乗車料金着服の件について。

(a) 申請人が同日午後九時一五分頃松山市内朝美町から同古町駅まで客を運送した際メーター器を使用せず、同乗客から右区間の乗車料金一〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

そして、申請人本人の供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証の二によれば、申請人の作成せる当日の運転日報にも右乗客の運送の点について何等の記載もないことが認められるので、前記(イ)で述べたのと同一の理由により、反証がない限り右料金は申請人において着服したものと推認するのが相当であり、申請人本人の、右料金はその後メーターを調整し運転日報の記載を操作して、会社へ収めた旨の供述部分はにわかに措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(b) しかして申請人の右所為が被申請人主張の如く前同様懲戒規定第三条第五号に該当することはいうまでもない。

(ニ) 同年一月一七日の乗車料金着服の件について。

前掲乙第一号証の二、証人青野サカエの証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証、証人宮元数美、同鎌田博の各証言及び被申請人会社代表者高井慎吾の供述を綜合すれば、被申請人会社においては、申請人の前記(イ)(ハ)のメーター不倒による料金着服行為が乗客の通報により判明したため、申請人が屡々料金の着服行為を行つているのではないかと疑い、会社関係者によつて直接申請人のメーター器使用状況を調査しようと考え、同年一月一七日午後九時五五分頃被申請人会社専務鎌田博とその義弟宮元数美が松山市出淵町飲食店丸木から会社を通じて申請人の運転する車を同飲食店に回送させ、右宮元においてこれに乗車し、市内新玉町宇和島自動車車庫前まで運転させたが、その際申請人はメーター器を使用せずに運転し、右宮元から乗車料金一〇〇円を受領したこと、及び申請人は右料金を会社に収めずにこれを着服したことが一応認められる。もつとも証人林トシ子は、当日被申請人会社の車が右飲食店に来たことはあるが、車を呼んだ客がすぐ帰してくれと云つたので、誰も乗せずに帰つた旨供述しているけれども、前掲乙第二号証及び証人鎌田博の証言によれば、申請人の車が同飲食店へ行つたのは同日午後九時五五分前後頃で、到着してすぐ前記の如く宮元が申請人の車に乗つて宇和島自動車車庫前まで行き、申請人の車はそこから再度同飲食店へ引き返し、その後午後一〇時一〇分頃前記鎌田において車は要らないからといつて申請人の車を帰らせたものであることが窺われるので、証人林の前記証言は一部正確性を欠くものというべく、また被申請人本人の供述中前記認定に反する部分も措信し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

(b) しかして申請人の右所為が前同様懲戒規定第三条第五号に該当することはいうまでもない。

(ホ) 前同日の回送料金着服の件について。

証人鎌田博の証言によれば、右鎌田は前記の如く申請人の車を飲食店丸木から帰すに当り、同店女給林トシ子に対しお茶代として(被申請人会社においては回送料金のことをそのように呼んでいる)運転手に渡すようにと云つて金一〇〇円を渡したことが認められるが、しかし証人林トシ子の証言及び申請人本人の供述によれば、右林が右鎌田からの依頼の趣旨を誤解し、申請人に対し右金一〇〇円を煙草銭にでもと云つて渡したため、申請人は回送料金ではなく、運転手個人にくれたものと考えてこれを会社へ収めなかつたことが認められるので、被申請人主張の如く申請人の右所為をもつて、会社に納入すべき金員を着服し、故意に会社へ損害を与えたものとみることはできない。

(2)  以上のとおり被申請人主張の解雇理由のうち、申請人の前記(イ)、(ハ)及び(ニ)の各所為が懲戒規定第三条所定の懲戒解雇事由中第五号に該当することが認められるが、同条但書には前記のとおり「但し情状により減給又は出勤停止に止めることがある」旨定められているので、本件事案がその情状等に照らし懲戒解雇を相当とするものであるか否かを考察する。

申請人本人の供述によれば、申請人が被申請人会社において本件以外に懲戒処分を受けたことはないことが窺われ、また申請人の着服した金額そのものも僅少であることは前叙のとおりであるが、しかし被申請人会社代表者高井慎吾の供述によれば、申請人は従来から他の従業員に比し空車粁数が多かつたこと、及びタクシー営業においては収益の中心をなす乗車料金の授受が運転手によつてなされ、且つこれについては監督者の目も届かない関係上運転手の料金着服行為は、これが発覚した以上仮令その回数或はその金額が少くとも、企業の経営上これを厳重に処分する必要があることが窺われるし、申請人の料金着服行為が、前叙の如く僅々一カ月余の間に三回も発生発覚している事実、及び申請人が終始これを否定し、反省の情も見受けられないこと等を考えると、会社が申請人を直ちに最も重い懲戒解雇処分に付したことも已むを得ない措置であつたものというべきである。

従つて申請人の前記主張は採用できない。

(二)  本件解雇が労働協約中の解雇協議約款に違背し、組合との協議を経ずになされたものであるから無効であるとの主張について。

(1)  被申請人会社等と県自交労組との間の労働協約の一部をなす前記懲戒規定に別紙記載のとおり「会社は組合員が左の各号の一に該当する時は組合と協議して懲戒する。」旨の規定の存する外、各会社内に懲罰委員会を設置すべきこと及びその目的、構成等について定められていることは前叙のとおりである。しかして、右規定の趣旨とするところは、組合員を懲戒するについては、あらかじめ労使双方の委員をもつて構成する懲罰委員会に付議し、懲戒事由の存否及び科すべき懲罰の種類等について公正な審議を尽して行うべきことを定めたものであつて(なお同委員会における決議及びその方法について何等の定めがなく且つ団体交渉へ問題を移行しうる旨定めていること等に徴すると、同委員会における決議まで要する趣旨とは解せられない)、組合が組合員の利益のために使用者の意思決定に参画する機会を保障し、以つて懲戒権の行使に関する使用者の専断を排し、組合員の地位の確保を期するものと解せられるから、あらかじめ懲罰委員会における審議を経ず、もしくは審議を尽さないでなされた懲戒解雇は、特段の事情の存しない限りその手続に重大な瑕疵があるものとして無効になると解すべきである。

(2)  そこで本件解雇につきとられた手続の経過について以下考察する。

証人鎌田博、同徳島保、同中川成功の各証言及び被申請人会社代表者高井慎吾の供述の各一部を綜合すれば、(一)被申請人会社は同年一月一九日申請人に対し前記解雇事由中(イ)及び(ハ)の事実についてまず申請人の釈明を求めたところ、申請人はいずれもメーター器を使用せずに運転し、乗客から料金各一〇〇円を受領した事実は認め、その料金はいずれも会社へ収めた旨弁解したが、運転日報にどのように記載して会社へ収めたかについてはその際説明しえなかつたこと。(二)そこで会社は翌二〇日組合委員長野中隆志同書記長中川成功等組合幹部に対し申請人に前記(イ)乃至(ホ)の懲戒解雇事由があることを告げて懲罰委員会の開催方を申入れ、組合側もこれを了承し、早急に開催することを約して別れたこと、(三)その後会社側は同月末までの間に二回に亘り組合に対し期日を指定して右委員会の開催方を申入れたが、組合側は委員長が同月二一日突然病気で入院したため、委員長代行及び組合側懲罰委員の人選等が手間取り、会社の右申入に応ずることができず、同月三〇日ようやく委員長代行に徳島保を選任した外、同人及び前記中川書記長外一名を組合側懲罰委員に選任し、翌三一日会社側から同年二月二日に右委員会を開催する旨連絡があつたのでこれを承諾したこと、(四)かくしてようやく二月二日に会社営業所の二階において第一回の懲罰委員会が開かれたが、組合側は前記の如く申請人の懲戒事由についてあらかじめ会社から通告を受けており、且つ組合内部の事情によつて右委員会の開催が延引されていたのであるから、事の性質上右委員会にのぞむにあたつては、審理を迅速に進めるためあらかじめ申請人の弁解を聴取しておく程度の準備があつてしかるべきであるのに、そのような準備もすることなく漫然右委員会にのぞんだこと、そして右委員会の席上会社側から改めて申請人の懲戒事由を告げると共に前記(イ)及び(ハ)の料金着服の点については、申請人もメーターの不倒と料金受領の事実を認めており、唯右料金着服の点は否定しているが、運転日報にも右運送の点について記載がない旨、及び前記(ロ)の寿司の件については申請人も認めている旨説明したのに対し、組合側は申請人から事情を聴取したいからといつて委員会の続行を求め、その際会社側より申請人を階下の営業所に待機させているからこの席に呼び、労使双方の委員の面前で申請人から事情を聴取するようにとの提案がなされたのに、これを無下に斥け、委員会の続行を強硬に主張したこと、そのため同日の委員会は紛糾し、意見の一致をみないまま、結局組合側より次の委員会の日取を早急に通知することを約して同日の委員会を終了したこと、(五)しかるに組合は同月八日会社側から申入がなされるまで第二回の委員会の期日について何等連絡をしなかつたこと、(もつとも組合はこれより先、同年一月一六日被申請人会社外関係各社に対し賃金値上等の要求書を提出していたところ、使用者側において右組合の要求を概ね拒否したため、同年二月八日に使用者側と右賃上問題についての団体交渉が行われることになつていた関係で、その準備やその頃申請外三津浜タクシー株式会社において発生した組合員たる従業員の懲戒問題の処理等で、当時相当多忙であつたことは窺われるが、しかしそのため当時組合側に申請人の本件懲戒問題について審議を進める余猶がなかつた旨の証人徳島保の証言は未だにわかに採用し難い。)(六)会社側は組合より前記の如く第二回の懲罰委員会の期日について連絡がないため、二月八日に行われた前記賃上問題に関する団体交渉の席上で組合側に対し同日の団体交渉の終了後懲罰委員会を開催するよう申入れ、同日の団体交渉は午後九時頃終了したが、組合は会社の右申入に応ぜず、今後の委員会の開催についての組合側の意向をも明らかにしなかつたこと、次いで翌九日会社側は団体交渉の開始前に再度組合に対し、同日の団体交渉終了後懲罰委員会を開くよう申入れたが、同日団体交渉が決裂し、組合側は会社の右申入れに対し何等応答することなく、翌一〇日午前零時から全面ストライキに突入し、右ストライキは同月一三日まで続行されたこと、(七)このような経過から会社側は組合側に申請人の本件懲戒問題につき協議をすすめる意思がないものと判断し、且つ事案の性質上何時までも申請人の処分を保留することもできないところから、同月一二日申請人に対し前記解雇の予告をなしたこと、以上の事実が一応認められ、前掲各供述中右認定に反する部分は措信し難い。

(3)  右認定の事実によれば、会社が申請人に対し解雇の予告をした当時懲罰委員会の審議は殆んどなされていないのであるから、本件解雇が右委員会の審議を尽さずになされたものであることはいうまでもないが、しかしかかる事態にたち至つた原因をみると、組合側が懲罰委員会の運営及び進行についてとつた前記一連の態度は、当時組合側が賃金値上の斗争中という特殊な事情下にあり、且つ相当多忙であつたことを考慮しても、なお協議に対する組合側の誠意を疑わしめるものであつたというべく、従つて会社側が組合側の前記態度から組合側に協議をすすめる意思がないものと判断したことも、無理からぬものであつたと考えられる。それ故会社が懲罰委員会における審議未了のまま申請人に対し解雇の手続をとつたことについては、已むを得ない特段の事情があつたものというべく、従つて本件解雇がその手続面において前記懲戒規定に違反し無効であるとの申請人の主張は採用し難い。

(三)  本件解雇が労働協約第二〇条第五項に違反し無効であるとの主張について。

申請人は、労働協約第二〇条に「会社と組合は争議行為中次の事項を遵守しなければならない」旨の規定があり、その第五項において「会社は組合の争議行為に対し不当な妨害行為や組合の団結を侵害するような行為を行つてはならない」旨定められているにもかかわらず、会社は組合のストライキ中に組合員に動搖を与える意図のもとに組合の松山支部副支部長である申請人に対し解雇予告をしたのであるから、本件解雇は右条項に違反し無効である旨主張する。

しかし申請人主張の右条項は、労働条件その他労働者の待遇に関する基準を定めたものでないことは明らかであつて、所謂債務的部分として会社と組合との間に単に債務的効力を有するに過ぎないものと解すべきであるから、かりに申請人主張のような意図のもとに本件解雇がなされたとしても、それが不当労働行為として解雇を無効ならしめることがあるのは格別、右協約条項に違反するの故をもつて本件解雇を無効ならしめるものとは解し難いから、申請人の右主張は主張自体理由がない。

(四)  本件解雇が不当労働行為としてなされたものであるから無効であるとの主張について。

(1)  証人坂本勝行の証言及び申請人本人の供述を綜合すれば、申請人が昭和三五年四月被申請人会社へ入社した当時、従業員中五名が労働組合に加入していたが、同年六月頃右組合員全員が会社から金を貰つて退社した事実があること、その後申請人が従業員の中心になつて組合の再建を図り、同年九月頃に結成された旧松山地区タクシー合同労働組合に一部従業員と共に加入し、職場及び組合本部の執行委員をしていたこと、その後昭和三六年一一月二〇日愛媛県自動車交通労働組合が結成されるや、同組合松山支部副支部長に選出され、本件解雇当時まで引き続きその職にあつたこと、及び会社は申請人に対し日頃好感を抱いていなかつたことが一応認められ、会社が申請人に対する本件懲戒問題を持ち出した時期が、組合が会社側に対し賃金値上の要求書を提出した三日後のことであり、また本件解雇の予告がなされた時期が組合のストライキ中であつたことは前叙のとおりである。

(2)  しかしながら、他方本件解雇が懲戒解雇として十分な理由を具備すること、及び本件不正行為が発覚した端緒も前記(イ)及び(ハ)の料金着服の件についてはいずれも乗客の通報によるもので、また(ニ)の料金着服の件は会社側の調査活動によつて発生したものであるが、会社側がそのような方法をとつたのは、前記(イ)(ハ)の件が発覚したところから申請人がそのような行為を屡々行つているのではないかとの疑がもたれるに至つたためなされたものであること前叙のとおりであつて、いずれも会社が殊更申請人を会社から排除する名目を求める等不当な目的をもつて調査を始めたのではないことが窺われる外、本件解雇の理由とされている事実がいずれも申請人の組合活動とは全く関係がない非行であつて、且つ会社が申請人の懲戒問題を持ち出した時期も前叙の如く解雇理由とされている事実の発生後間もなくなされているのであるから、前記(1)記載のような事情があつても、本件解雇はむしろ少くとも申請人の前記各非行を主たる原因としてなされたものとみるのを相当とし、他に右認定を覆して、本件解雇が申請人の組合活動を主たる原因とし、或は使用者と係争中の組合の団結を弱める意図のもとになされたことを認めるに足る証拠はない。

従つて本件解雇が不当労働行為として無効である旨の申請人の主張もまた採用し難い。

五、そうすると結局本件解雇は懲戒解雇として有効になされたものというべく、これが無効であることを前提とする申請人の本件申請は被保全権利を欠くものとしてその余の点について判断するまでもなく理由がない。

よつて本件申請を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢島好信 阿蘇成人 吉田修)

(別紙)

懲戒規定

会社は組合員が左の各号の一に該当する時は組合と協議して懲戒する。

懲戒は譴責、減給、出勤停止、懲戒解雇の四種とする。

第一条 第二条―省略

第三条 組合員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。但し情状により減給又は出勤停止に止めることがある。

一乃至四―省略

五 故意に会社に損害を与えた者

六 ―省略

七 業務に関し不正不当の金品その他を授受し、又は正当な理由なく正当料金を受けなかつた者

八乃至十一―省略

第四条 各会社内に懲罰委員会を設置する。

懲罰委員会

一、本委員会の目的は懲戒規定の各条項の適用行使について対等の立場で公正且つ平和的に行うことにある。

二、懲罰委員会で解決できなかつた問題は団体交渉で解決することができる。

三、懲罰委員については労使双方各三名とする。

四、懲罰委員会で決定した事項については労使双方責任をもつてこれを行使する。

以上

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